最新号ピックアップ記事 特別対談:浅尾 拓也 X 谷地 宣亮

硬式野球部とプロ野球選手の日々を語る

浅尾 拓也
中日ドラゴンズ二軍投手コーチ
浅尾 拓也
日本福祉大学福祉経営学部2007年卒業。2006年大学生・社会人ドラフト3巡目で中日ドラゴンズに入団。通算416試合で38勝21敗23セーブ、通算防御率は2.42。通算232ホールドポイントは歴代3位。2010年、2011年に最優秀中継ぎ投手。2011年にはセ・リーグのMVPとゴールデングラブ賞を獲得。2018年9月26日に現役引退を発表。
谷地 宣亮
日本福祉大学硬式野球部部長 経済学部教授
谷地 宣亮
1992年、関西大学経済学部卒業。1997年、神戸商科大学大学院経済学研究科単位取得満期退学。酒田短期大学経済科専任講師を経て、1999年4月より日本福祉大学経済学部に赴任。1999年から硬式野球部監督に就任し、2013年より部長を務める。
2018年9月、私たち同窓生の誇りでもあります浅尾拓也投手が中日ドラゴンズを引退。その後、中日ドラゴンズの二軍投手コーチに就任し、指導者としての第一歩を踏み出しました。
そこで今回は新たな門出の機会として、浅尾氏と学生時代の浅尾選手をよく知る谷地宣亮部長のお二人に、懐かしい学生時代と選手時代の思い出について語っていただきました。
谷地 まずは12年間お疲れ様でした。同窓生の皆さんをはじめ、在学生も教職員も勇気や感動をいただき感謝しています。さて、2006年の入団から2018年に引退されるまで、素晴らしい記録を残し、セットアッパーとしてチームの黄金期を支えた浅尾さんですが、プロに入るときは自信がありましたか、また怖さはありませんでしたか。

浅尾 最初は2、3年でクビになってしまうのではという不安もありましたが、バッターと対戦して真っ直ぐでファウルを取れたときはプロでやっていけると思いました。それから早いタイミングでプロ初登板、そして初先発がありましたが、怖さよりもとにかく楽しみでした。ただ中継ぎをやっていく中では、先発投手の勝ち星を消してしまったり、チームが自分の責任で逆転されたり、そこは大学野球と勝敗の重みが違いましたね。
谷地 そうした緊迫した場面でマウンドへ上がるときの気持ちは私たちでは計り知れません。

浅尾 確かにブルペンでは怖さもあります。ただ、事前のミーティングで対戦相手のデータを基に投げるコースを頭に入れていましたから、マウンドに上がってしまえばバッターに集中できましたね。

谷地 大事な局面で大きな仕事をするとき、緊張したり不安になったりすることもありますが、浅尾さんにはそうしたときにしっかり仕事ができる心の強さを感じます。以前に話をしたとき、事前にできる準備はしておきたいとおっしゃっていましたが、プロの世界でも準備が大切ということですね。
サンプル画像1
浅尾 心の準備が大事です。いきなり出番と言われるのと、自分で想定しておいて出番を迎えるのとでは心の余裕が違います。ですから、出番がありそうなときは常に気を張っていましたし、体も動かして肩をつくっていました。

谷地 では、プロ野球選手になって一番よかったことは何ですか。

浅尾 プレーではないですが、普段出会えない人の話を聞けたことです。さまざまな方の話を伺うと、人として勉強になるときがたくさんあり、生き方について考えさせられる機会がとても多かったですね。 ※対談はまだまだ続きます、続きは会報122号(PDF)をご覧ください