シンプルな遊びの中には、“自ら考える”という学びがある。

中山カズトさん
木のおもちゃ作家
中山カズトさん
愛知県生まれ。同志社大学神学部卒業後、日本福祉大学社会福祉学部2部に入学、1996年3月卒業。社会福祉法人で6年半勤務した後、長野県上松技術専門学校に入学し、木工技術を修得。2004年より大学時代を過ごした京都にアトリエを構え、木工作家として製作活動を開始する。家具を中心に数多くの木工作品を手掛け、近年は木のおもちゃ作家として注目を集めている。斬新なアイデアとあたたかみのある作品は方々から高い評価を受けており、2009年には「よっこらゾウ」「くまゴロン」、2010年には「くるりんカー」がそれぞれグッドトイ作品に選定されている。

木工作家になろうと思ったきっかけを教えてください。

 それは、ある古本屋で見つけた家具の本との出会い。それを見た瞬間、「これだ!」と感じました(笑)。家具をつくる職人になりたいと。当時、僕は京都の社会福祉法人で働いていたのですが、介護保険制度が導入されるということで、その準備業務を担当していたんです。ご存じのように、メディアでも大きく取り上げられ、さまざまな議論が巻き起こるほど社会的な問題になっていました。そういう状況を目の当たりにして、自身の仕事や将来に対して、漠然とした不安を感じていたことも、木工作家の道に進むことを決意させた理由のひとつでした。もちろん、新しい世界に飛び込むことに不安がなかったかと言われれば嘘になりますが、その時は不安より期待の方が大きかったですね。そして、その本に出会ってから1年半後、勤めていた社会福祉法人を辞め、長野にある木工技術を学ぶ技術専門校に入学することになったんです。

どのような経緯でおもちゃづくりへと変わったのですか。

 技術専門校を卒業後、京都にアトリエを構えて、木工作家としての活動を始めました。当時つくっていたのは木の家具だけ。なかなか思うようにいかなかったですね。転機になったのが、家具をつくるときに出る余った木材で、何気なく木のおもちゃをつくったこと。もともと、細かい作業が好きだったこともあるんですが、改めて「自分はこういう小さなものが合う」と感じたんです。そこから、おもちゃづくりに力を注ぐようになりました。もちろん、上手くいかないことも多々ありましたが、技術専門校の先輩が、僕が作ったおもちゃを見て「お前は将来、有名なおもちゃ作家になっているかもな」と言ってくださったことが支えになっていました。地道な努力を続け、同業者の方々やお客さんから次第に評価されるようになっていく中で、グッドトイに2009年、2010年と連続で選ばれたのは、やはり大きな自信になりましたし、これからは木工作家ではなく木のおもちゃ作家としてやっていくという強い意志が芽生えました。

作品をつくる上で常に心がけていることを教えてください。

 木の質感を生かすために、シンプルなものであること。そして、台の上から落とす、坂から転がすといったように重力や慣性などの自然法則を動力として、モーターなどは使わないようにしています。子どもたちが遊んでいる様子を見ていると、こちらが想定していない遊び方をするんですよ。自分たちで考えて、アレンジを加えて遊んでいる。現在のおもちゃはTVゲームに代表されるように、はじめから答えがあるんですよね。そのストーリーの中で“遊ばされている”という感覚を受けます。僕たちが子どもの頃は、TVゲームといった高度なおもちゃがなかったのもありますが、自分たちで考え遊んでいたように思います。シンプルだからこそ、単純なものだからこそ、そこに考える余地があるのです。時代が変わっても、こうして子どもたちが自分たちで考えて新しい遊び方をしているのを見ると本当にうれしく思います。あと、やはり子どもが遊ぶものですから安全性に関しては気を遣っています。口に入れてしまうこともありますし、木材ですから角やささくれで指を怪我してしまうこともありますからね。木の素材の色を活かすようにしてすべて無着色で、赤ちゃん用のがらがらはお手入れしやすいようにくるみの油を、その他は幼児玩具としてドイツ工業規格に適合したオイルを塗布して表面保護をするなど、安全面には配慮しています。

中山さんの作品はどれも個性的ですが、 そのようなアイデアはどのように生まれてくるのですか。

 子どもの頃から何か新しいことを考えるのが大好きだったんです。友達がはっと驚くようなアイデアを考えるのがね。ただ、僕の場合は突然すばらしいアイデアが浮かぶのではなく、小さなアイデアの種を頭の中で少しずつブラッシュアップして、完成度を高めていくという感じ。作品のデザインや動きの仕掛けはもちろんですが、作品の名前にもかなりのこだわりを持っています。たとえば「ゴろリラ」。ゴロゴロと転がる動きとモチーフであるゴリラをそのネーミングの中で表現しています。まず名前が先に浮かんで、そこからつくりはじめた作品もいくつかあるんですよ。ペンギンの中に鈴を入れた「ペンリン」などもそうです。動きやデザインはもちろんですが、名前も含めてトータルで僕の作品になるわけですから、ネーミングにも妥協しないようにしています。

日本福祉大学で学んだことで活かされていることは何ですか。

 実習やフィールドワークなどを通して得たコミュニケーション能力と観察眼ですね。僕が作品をつくり、あとはお店の人の仕事ではないんですよね。展示会などでは子どもたちやその親御さんを前に実演することが多く、コミュニケーションが非常に大切になってきますから。さらに実際の作品づくりにおいては、子どもやその親御さんの意見を聞いて、また子どもたちの反応やどうやって遊んでいるかをしっかりと観察することが、次回のより良い作品へとつながっていきますから、観察眼を身に付けたことは今の自分にとってプラスになっています。

どのような時にやりがいを感じますか。

 やはり、僕がつくったおもちゃで子どもたちが笑顔になったとき。子どもたちは、「へー」って感心するというより、なぜか大笑いするんですよ。どちらかというとアイデアがウリだと思っていたので、僕が思っていた反応とは違うものでした。でも、面白いって笑ってもらえることは、本当にすばらしいことですし、この作品を通してもっと違ったことができるんじゃないかと思うようになったんです。僕がつくる作品に多くの人たちを笑顔にする要素がある。じゃあ、それを今までと違うアプローチで活かしてみようと。まだ具体的なものではありませんが、将来的には老人福祉施設や病院などで、おもちゃを使ってのレクリエーションで笑顔になってもらいたいなと思っています。

最後にメッセージをお願いします。

 今お話ししたように、おもちゃとして純粋に子どもたちを喜ばせるというだけでなく、広い意味での福祉の観点から自身の木のおもちゃに新たな可能性を感じています。木のおもちゃ作家という福祉からとても遠い場所に来てしまったと思っていたのですが、実は福祉のすごく近くにいるんだと。それぞれの立場から社会を支えている多くの同窓生の方々のように、僕もその一端を担うことができるよう、皆から愛される木のおもちゃを、そして皆に笑顔を届ける木のおもちゃをつくり続けていきたいですね。

(2010年8月10日発行 日本福祉大学同窓会会報105号より転載)